にーさんのウルトラブログ

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タグ:愛

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ー友達が亡くなった。
よく一緒に遊んだ子、小学5年生の男の子。


その日の朝は元気だった。
その日の夜に意識不明になって、病院に運ばれたと、
みーちゃん(嫁)に聞いた。

詳しい状況は聞いていない(伝わってきていない)。
分かっていることは、
朝は元気だったけど、
夜に突然意識不明になって、
救急車で運ばれたということだけ。
無力ながら、無事を祈った。


翌日も意識不明が続いていた。
無力ながら、無事を祈った。

心配するし、無事を祈るけど、
仕事はするんだね。
自分の生活リズムは保つ点に、もどかしい矛盾を感じた。



今日の朝。

朝起きると、
iPhoneにみーちゃん(嫁)からメッセージがあった。







「○○君、亡くなったみたい。」








 言葉を失いながら、現実感もないまま、仕事の準備を始める。

仕事は行くんだね。
自分の生活リズムは保つ点に、腹が立つ。
なにもできないことに腹が立つ。





わんぱくだった。
うろちょろしてるところが好きだった。

空気読めなくて周りから疎まれるときもあった。
それをどこかで感じならがらも、
自分の好奇心を抑えきれないところが好きだった。
好奇心でギラギラした目が好きだった。

生意気だった。
いつも子供らしい悪だくみを考えていた。

自分が楽しみにしていること(趣味とか)を話す時が、
一番輝いていた。

この子がどんな風に大人になっていくんだろうって、すごく楽しみだった。





亡くなってしまった。





知り合ったのは1年前くらい。

急に見かけるようになった、新顔だった。

急に集まりに来るようになって、それからはほぼ皆勤賞で参加していた。

空気の読めない性格が相まって周りから浮いても、楽しそうにみんなと遊んでいた。
何か悩みがありそうながら、そんな素振りを見せずに楽しく遊ぶ姿を見て、
強い子だなぁと思っていた。

自分勝手な性格の僕は、勝手に昔の自分を重ねて、彼に好意を抱いていた。
彼の面倒な性格をあしらいつつ、よく一緒に遊んだ。
子供のわがままなんて、大人のそれに比べればすべてかわいいものです。

集団行動をしていなかったであろう1年前から、
集団行動を多く経験することで、
みるみる成長していく彼の姿を見られるのは嬉しかった。

中学生になったらどう変わるんだろう。



高校生になったらどう変わるんだろう。



大学生になったら。



社会人になったら。

一緒に酒を飲める日は。



結婚したら。

子供ができたら。






想像は叶わなくなってしまった。



亡くなってしまった。






今週末も家族ぐるみで泊まりで遊びに行く予定だった。
 
もうなにも一緒に行動することができないと思うと、
さらに悲しい。





今週末にお通夜に参加予定です。
とくに終わりの言葉も無いまま、今日は終わります。

では、ここで一句。

「ねえちはる まだやりたいこと あるんだけど」

もう一句。

「ねえちはる 私はあなたが 好きだった」

だめだ、いくつ考えても未練ばっかりだ。

ありがとうございます。

あの子に合掌。



皆様こんにちは、【にーさんのウルトラブログ】にーさんです。



今日は昔話をひとつ。



うちの父は福島県相馬市で漁師をしています。

いまは震災(というか原発)の影響でまともな漁ができていませんが、父は漁師という職業に誇りを持っています。

僕達(子どもたち/4人兄弟)がお父さんの獲ってきた魚を美味しそうに食べていると、
「なんか自分の獲ってきた魚がうまいって言われっと嬉しいなあ。」
とニコニコしながら僕達を見て喜んでいたのが印象的です。



そんなお父さんの声を聞きたいと思った、それだけの話しです。
どうぞ聞き流してくださいまし。





ホームシックになったある日、僕はお父さんに電話をしようと思いました。

話す内容は、とくにないのですが。

1月末納車予定のプリウスは、届いたのか、調子はどうなのか、
を建前に、ちょっと声を聴きたかったんです。

携帯電話の電話帳から、お父さんを検索。
お父さんの名前を見つけて、あとは、通話ボタンを押すだけ。



しかし、その通話ボタンが、なかなか押せなかった。



思えばいままで、用もなくお父さんに電話をかけたことなんてほとんどない。

上京後も、お父さんと電話で話したのは、
お母さんに電話をかけたときに、
「隣にいるから、ちょっとお父さんに換わる」
という理由で、2、3言話す程度だった。



「元気でやってるのか?」
「病気していないか?」
「仕事は順調か?」



お父さんは、僕を気遣うばかりで、
僕も、
「うん、大丈夫。うまくやってるよ」
と返し、
「お父さんも、大丈夫?元気でやってる?」
とお決まりの言葉を返すだけだった。



小さいころから近況を話す相手はお母さんばかりで、
お父さんには、

「学校はうまくやってるか?」
「勉強はしているのか?」

と聞かれて、

「うん、大丈夫」

と答える程度の会話しかしていない気がする。



仲が悪いわけではない。むしろ大好きだ。

お父さんはいつも優しかったし、厳しさもあった。
子供の頃は漁から帰ってきて疲れているだろうにめいっぱい遊んでもらった記憶がたくさんある。

 

ユーモアもあって、周りの人気者だった。

僕のユーモアセンスは確実にお父さんから、自然に叩き込まれている。

僕のこども好きもきっとお父さんのおかげだろうと思う。



親子の関係というのはなんといったらいいのだろうか。

子供のいない僕は、未だ説明のすべを持ち合わせていないせいか、言葉に詰まってしまう。



愛していて、感謝がいっぱいで、ずっとそばで僕を見てくれていた存在。

そんなところだろうか。



時にはウザッたいときもあった。



でもなんというか、親の無条件の愛に応えるすべを持っていないのが歯がゆくて、逃げていたのかもしれない。

十代の若者に親の愛の偉大さは到底分かりっこないと、いまでは思う。



さて。

そんなお父さんに勇気を振り絞って電話をした。





・・・圏外だった。

おそらく漁に出てたのだろう。



勢い余った僕はお母さんに電話をした。



母「もしもし?」

にー「あ、お母さん?」

母「なぁに、急に、どうしたの?」



僕の声を聞いただけで、嬉しさを押さえきれないお母さんの声が、心に沁みる。

にー「うん、あの、1月末にプリウス届くって言ってたでしょ、それで、その後どうかな、とか思って、あの、トヨタのリコール問題とかあったから・・・」

お父さんとの会話に使う予定だった建前を、あわててつらつらと並べる。

母「うん、ふふ、プリウスは届いたよ。あんたが帰ってきたとき乗れるように、保険も変更してあるから。うん」

にー「うん、ありがとう、3月の3連休で帰るかもしれないから、それが決まったら、そのとき、乗るよ」

母「なぁに、今日はびびちゃん(甘えん坊の意)だねぇ。」

にー「そそ、そんなことないよ」

いい大人になったのに、照れ隠しにとっさに自分の感情を否定する。

情けないが、お母さんの言葉が、声を聞けることが、素直に嬉しい。

母「まあ、お父さんもびびちゃんだからね」



にー「お、お父さんに電話したんだけど、漁だと思うんだけど、お父さんの携帯電話の電源入ってないから、お母さんに電話したの」

母「うん、お父さんは、今日は漁だよ」

にー「じゃあ、お父さんに、よろしく言っておいて、電話したけど、圏外だったんだよって言っておいてね」

お父さんへの思いを必死に伝える自分が、
照れくさく、恥ずかしいけど、なんだか久し振りにお父さんへの素直な感情を出せている気がして、嬉しいような不思議な気持ちだった。



お父さん。

お母さん。

僕は、あなたたちのおかげで、今日も元気に生きているよ。

大事な友達もいっぱいできたよ。



ありがとう。

いつまでも元気でいてね。

最後まで見守るから。

あなたたちより、長生きしてみせるから。



伝えきれない思いを、この一言を繰り返すことによって、満ちない器を満たそうとするよ。



ありがとう。





では、ここで一句
「ありがとう 愛しているけど 照れが先」 



最後までお読みいただきありがとうございます。


 

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